第4章
再びの夜
(1)
一月四日の飛行機で、さくらは広島へ帰った。
休みは、有給休暇を含めて六日まであったが、妙に広島の街が恋しくなったのである。
それに、久しぶりに帰った娘に、あれもこれも食べさせたいと思う母親のご馳走攻撃にも、正直にいって辟易していた。
そうかといって、せっかくの美鈴の親心をむげに断るわけにもいかない。
しかし、これでは三キロや五キロは簡単に増えてしまいそうで、あとのダイエットが大変なことになると思った。
「もう少し、ゆっくりすればいいのに」
駅まで送ってきて、名残惜しそうに美鈴はいったが、父親のほうは「そうか、帰るか」といっただけである。
これが、男親と女親の違いなのだろうが、実はもっといて欲しいのは父親のほうであることはさくらにも分かっていた。
羽田空港の天気はよかったが、広島空港は雨との表示が出ている。
飛行機の予約はしていなかったが、カウンターで聞くと十二時ちょうどの便に空席があった。
この時期の飛行機は、当然に東京方面への便は混雑するが、逆の場合は空いている。
ただ、天候が悪いので少し遅れるかも知れないと言われた。
まだ時間があったので、昼食を取ることにしてレストランを探したが、さすがに、どこも混雑している。
その客も、故郷から帰ってきた家族連れが圧倒的に多い。
外に並んで待っている状態である。
さくらは、あきらめてゲートラウンジの喫茶ルームに入ることにした。
ここでは、簡単なものしか口に出来ないが、並んで待つようなことはない。
出来合いのサンドウィッチとコーヒーを頼み、テーブルについた。
ちょっと高い椅子に腰掛け、コーヒーに口をつけながら、なにげなく外に目をやった。
その先を、一組の家族連れが歩いていた。
「只見さん・・・」
黒っぽいコートを着た只見が、妻と高校生らしい少女と一緒に歩いている。
妻のほうは、さくらも顔を知っている。
スポーツをやっていると聞いているが、すらっとした美人である。
ときどき、にこやかに背の高い夫を見上げながら話しかけている。
いかにも、幸せな家族といった感じで通り過ぎて行った。
一緒の飛行機だと、気まずいなと思ったが、どうやらモノレールの方へ歩いて行った。
これから乗るのではなく、どこからか帰ってきたらしい。
まだ広島へ帰るのは先のようである。
さくらは、何故かほっとした。
簡単な食事を終えてから、いちばん端にあるゲートに行くと、天候調査中の表示が出ていた。
広島地方の天候は、相当に荒れているらしい。
もっとも、広島空港は山の中にあるので、ちょっと雨が強く降ると視界が悪くなる。
とにかく、天気がいい日でも、立ち木の枝をかすめるように(本当は、そうでもないのであろうが・・・)着陸する。
さくらも、なんどか経験しているが、あまり気持ちのいいものではない。
相当に遅れるのかと思ったが、出発予定時刻から、十分ほど遅れて搭乗案内が始まった。
さくらの席は、窓際のA席であったが、あまり混んではいないのか、ドアが閉じられても隣りの席には誰もこなかった。
羽田から広島までは、およそ一時間十五分である。
名古屋の上空を過ぎるころから、次第に雲が多くなり、飛行機の揺れも出てきた。
さくらは、目を閉じていたが眠ってはいなかった。
空港で見かけた只見のことが、頭の中から離れなかった。
不倫相手の家族を、しかも幸せそうな姿を目にするのは嬉しいことではなかった。
その妻に対して罪悪感を覚えることもあったが、自分自身がみじめに思えるのである。
あっけらかんと不倫を語った恵子は、そんなことはないのだろうか。
聞きようによっては、自分の行為を自慢しているようにも聞こえたが、さくら自身は違うと思った。
恵子は、それを世間でいう不倫とは思っていないに違いない。
結婚と恋愛、或いは結婚生活とセックスを、まったく別のものとして考えているのかも知れない。
そう考えれば、夫以外とのセックスも、誰かとスポーツをしているくらいの軽い感覚になってしまう。
しかし、さくらには、そんな考え方が出来るかどうか自信はなかった。